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 人類の終わること無き対立軸、それは、食事の中で好きなおかずを先に食べるべきか、それとも後に食べるべきかという2つの学派の対立である。

saru.jpg



ところで、諸君、朝三暮四という故事成語をご存知だろうか。

宋の狙公は猿を飼っていたが、猿愛顧のあまり、財産を食いつぶし、猿に与える餌を節約せざるを得なくなったそうな。
そこで狙公はこう言った。
「今から食べる朝食は、ドングリを3つに減らそうと思う。そして、夜は4つにしよう。」
それを聞いて猿達は激怒して言った。
「我々は日々非常なる空腹とともに激闘を繰り返している。その我々の苦しみを無視して、三個に減らすとは言語道断。馬鹿も休み休み言え。」
それに対して狙公は
「それならば、朝のどんぐりを四つで如何かな。その代わり夜のどんぐりは三個となるが宜しいかな。」

目の前しか考えられない猿達は狙公の心遣いにひれ伏して感謝したとのこと。つまり朝三暮四とは、目の前のことにしか意識が行かないという様を指している。しかし、この点で猿達は蒙昧なる愚者であったと言えるだろうか、否、彼らの利巧さこそ我ら人間が見習うべきであろう。

つまり、彼らの発言である「日々非常なる空腹とともに激闘を繰り返している。」からわかるように、自然の動物の暮らしぶりというのは、決してぬるま湯のような甘さに満ちたものではない。まさにいつ死ぬかわからない。あまりに過酷な緊張感の中で生きているのである。つまり、人間とは圧倒的に人生観が異なるのである。運悪く朝食後死ぬかも知れぬ。そのときに朝三でなく朝四であることが極端に大きな差となって現れる。つまり変化率は33%もあるのである。これは大きい。そのような猿的世界観を全く無視して、朝三暮四なる故事成語を作るほどに猿を馬鹿にするという人間の傲慢さこそが、多くの自然の生物を絶滅に追いやったという愚行の諸因の一つである。


要するに、私が言いたいことというのは、好きなおかずを先に食べるということは、次のような精神有害的危険性を孕んでいるということに他ならない。例えば、食事中に何らかの天災若しくは突発的な病気により、死亡するというリスクは決して0ではないのである。もしそのような事態になれば、嫌いなおかずのみが胃に入った状態がその後長時間持続するわけである。これ以上の苦痛はない。それに対して、好きなおかずを最初に食べてそのまま突発的に死亡した場合というのは満足この上ない。

しかし、これに関して異論を唱えるものも居る。即ち、食後感を重視するならば、好きなおかずを最後に食べるというのも一興である。食事中に死ぬかもしれないというリスクを考慮して、食事の楽しみが、そのリスクによって期待値として、どの程度減損するかを計算する。というように様々な観点を考慮し、期待値が最大となるようにどのタイミングでどのおかずを食べるべきかということを厳密に考え、計算し、最適解を得ることが重要となる。それこそが食事を最大限に楽しむ秘訣ではなかろうか。

無論、その間に飯は冷めるだろうが。
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適当に思索 / 2005.11.21 00:42 / TB[0] / CM[0]





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